クルアーンの保持(2/2)-クルアーンの写本

 

クルアーンが啓示されると、預言者(彼に神の称賛あれ)の指示によって、その全てが読み書きの出来る教友たちによって書き留められました。その最も著名な者としてはザイド・ブン・サービトの名が挙げられます。1  他にもウバイイ・ブン・カアブ、イブン・マスウード、ムアーウィヤ・ブン・アビー・スフヤーン、ハーリド・ブン・ワリード、ズバイル・ブン・アッワームなどにより筆録されています。2   クルアーンの節々は革、羊皮紙、動物の肩甲骨、ナツメヤシの茎などに記録されました。3

書物の形としてのクルアーン編纂は預言者の死後、カリフ・アブー・バクルの元で、ヤマーマの戦い(ヒジュラ暦11年/西暦633年)の後すぐ行なわれました。この戦いで多くの教友たちが戦死しており、クルアーンを暗記していた者たちの死によってその内容の喪失が心配されました。それにより、ウマルの示唆からクルアーンの筆録収集が開始され、アブー・バクルはザイド・ブン・サービトを実行委員会の長として指名しました。そして四散していたクルアーンの筆録をムスハフとして、全啓示を書き留めるよう準備させたのです。4  なお委員会は編纂におけるミスを防ぐために、預言者の存命中に書き留められたもののみに限って収集を認め、さらに信憑性に疑問がある節に関しては、二人の信頼のおける人物が預言者がそれを実際に朗誦していたということを証言した場合のみにおいて採用しました。5  こうして作業が完了し、預言者の教友の大多数によって承認された写本はカリフ・アブー・バクル(ヒジュラ暦13年没/西暦634年)によって保管され、カリフ・ウマル(任期はヒジュラ暦――1323年/634―644年)に手渡され、その後ウマルの娘であり、預言者の未亡人でもあるハフサのもとに渡りました。6

三代目カリフ・ウスマーン(ヒジュラ暦――2335年/西暦644―656年)は、ハフサが保管していたクルアーンの写本を彼に送るよう要請し、その写本の複製(マサーヒフ、単:ムスハフ)をいくつか作るよう命じました。この任務は教友のザイド・ブン・サービト、アブドッラー・ブン・アッ=ズバイル、サイード・ブン・アスアス、そしてアブドッラフマーン・ブン・ハーリス・ブン・ヒシャームに任せられました。7   それらの完成(ヒジュラ暦25年/西暦646年)に伴い、ウスマーンは元の写本をハフサに返却し、複製された写本を発展途上にあったイスラーム国家各地の辺境へと送付しました。

クルアーンの編纂・保持に関する研究を行なった数々の非ムスリム学者たちも、その信頼性を認める記述を残しています。クルアーン編纂における研究に大きな実績を残したジョン・バートンは、私たちが現在手にしているクルアーンに関してこのような結論を述べています。

“・・・それは預言者によって管理され、承認された形をとっている・・・我々の手元に現在あるものは、ムハンマドの写本である。8

またケネス・クラッグは、クルアーンが啓示されてからの伝達に関して、それは“生きた形でムスリムたちの献身を示している”9  と説明しています。以下のように述べているシュワリーの意見も彼の意見に一致します:

“啓示の断片に関し、我々は預言者の残したものと全く同じものが彼らの間に広く伝達されたことを確信していいと言えるだろう。10

クルアーンの歴史的信憑性に関しては、カリフ・ウスマーンによって送付された写本の一つが現在まだ存在しているという事実が、それを更に確立させています。それは中央アジア・ウズベキスタンのタシケント市にある博物館に展示されています。11  国連の専門機関であるユネスコの「世界の記憶」という事業によれば、‘それはウスマーンのムスハフとして知られる決定版である’12  と述べられています。

 

ウズベキスタンムスリム評議会によって管理されているこの写本、現存する最古のクルアーンです。これはウスマーンのムスハフとして知られる決定版です。写真提供:ユネスコ・世界の記憶

 

タシケントにあるムスハフは、米国のコロンビア大学図書館にその複写が展示されています。13  この写本は現在出回っているクルアーンのテキストが預言者のそれと教友たちの時代におけるそれと同一であることを証明しています。またシリアに送付されたムスハフの写本も、イスタンブールのトプカピ博物館に展示されており、14  また羊皮紙に記録された古い写本もエジプトのダールル=クトゥブ・アッ=スルターニーヤに存在しています。イスラームの歴史を通して存在した数々の古い写本は、ワシントンのアメリカ議会図書館、ダブリン(アイルランド)のチェスター・ビーティー博物館、そしてロンドン博物館において見出すことができ、各地のものはタシケント、トルコ、エジプトのものと比較された結果、それらのテキストには初期の時代から全くの変更が見あたらなかったのです。15

たとえばミュンヘン大学(ドイツのクルアーン研究所では4万2千にも完全あるいは不完全いクルアーン写本収集されていますそして50年間に及ぶ調査の結果、時折容易に確認することの出来た筆記官のミス以外には、それらの写本の間には不一致が見つからなかったのです。この研究所は不幸にも第二次世界大戦中に破壊されています。16

このように、教友たちの努力と彼らに対する神の力添えによって、現在私たちのもとにあるクルアーンは、啓示された当時と同じ方法で朗誦されていることが分かるのです。こうしてクルアーンは完全に保持され、元来の言語で理解することの出来る唯一の宗教啓典となったのです。ウィリアム・ムアー卿はこう述べています:“恐らく、12世紀(現在では14世紀)にも渡り純粋なテキストを維持し続けた本はこの世に存在しないだろう。17

上記の数々の証拠は、クルアーンにおいて以下のように言及されている神の約束を確証しています:

“本当にわれらこそ、その訓戒を下し、必ずそれを守護するのである。”(聖クルアーン 159)

クルアーンは他のいかなる本にも見られることの出来ない、口頭と写本という形をとって保持されており、その各々の形はお互いに信憑性を支え合っているのです。



Footnotes:

1 ジャラールッディーン・スユーティー、Al-Itqan fee ‘Uloom al-Quran,ベイルート:Maktab al-Thiqaafiyya,1973年,1,41&99頁。

2 イブン・ハジャル・アル=アスカラーニー,Al-Isabah fee Taymeez as-Sahabah,ベイルート: Dar al-Fikr,1978年;バヤード・ドッジ,The Fihrist of al-Nadeem: A Tenth Century Survey of Muslim Culture,ニューヨーク: Columbia University Press,1970, 53−63頁。ムハンマド・M・アザミ,Kuttab al-Nabi,ベイルート: Al-Maktab al-Islami,1974年,預言者の48人の筆記官に触れている。

3 アル=ハーリス・アル=ムハーサビー,Kitab Fahm al-Sunan,スユーティーのAl-Itqan fi ‘Uloom al-Quranによる印用,1巻,58頁。

4 サヒーフ・アル=ブハーリー,6201番と509番;9巻301

5 イブン・ハジャル・アル=アスカラーニー,Fath al-Bari,―9巻,10―11頁。

6 サヒーフ・アル=ブハーリー,6201番

7 サヒーフ・アル=ブハーリー,4709番;6巻507番

8 ジョン・バートン,The Collection of the Quran,カンブリッジ:Cambridge University Press,1977年,239−240頁。

9 ケネス・クラッグ,The Mind of the Quran,ロンドン:George Allen & Unwin,1973年,26頁。

10 シュワリー, Geschichte des Qorans, ライプチヒ: Dieterich’sche Verlagsbuchhandlung,19091938,2巻,120頁。

11 ユースフ・イブラーヒーム・アン=ヌール, Ma’ al-Masaahif,ドバイ: Dar al-Manar, 1st ed.,1993年,117頁;イスマ―イール・マフドゥーム,Tarikh al-Mushaf al-Uthmani fi Tashqand,タシケント: Al-Idara al-Diniya,1971,22ff

12 (http://www.unesco.org.)

I.メンデルソン,“The Columbia University Copy Of The Samarqand Kufic Quran”,The Moslem World1940年,357−358頁。

A.ジェフェリー & I. メンデルソン,“The Orthography Of The Samarqand Quran Codex”, Journal Of The American Oriental Society,1942,62巻,175−195頁。

13 The Muslim World, 1940年, 30巻, 357−358頁。

14 ユースフ・イブラーヒーム・アン=ヌール, Ma’ al-Masaahif, ドバイ: Dar al-Manar, 1st ed., 1993年, 113頁。

15 ビラール・フィリップス, Usool at-Tafseer, シャールジャ: Dar al-Fatah, 1997年, 157頁。

16 ムハンマド・ハミードッラー, ラホール: Idara-e-Islamiat, n.d., 179頁。

17 ウィリアム・ムアー卿, Life of Mohamet, ロンドン, 1894, 1,序説。

クルアーンの保持(1/2):暗記